研究系及び研究施設の現状 125
長谷川 真 史(助手)
A -1)専門領域:光電子分光、固体化学
A -2)研究課題:
a) 角度分解紫外光電子スペクトル(ARUPS)による有機薄膜表面構造の定量的測定 b)水素化したフラーレンからの水素脱離機構の研究
c) 非晶質氷包埋による変性のない生体関連分子の電子状態測定手法の開発
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) 有機薄膜のARUPS測定は,その電子状態のみでなく表面分子配向の決定にも有効である。我々は,精度の良い始 状態と single-scattering 近似による終状態,固体中での非弾性散乱による脱出深さを考慮したスペクトル強度計算 プログラム(IA C 31)を独自に開発して,ARUPSの測定スペクトルと計算スペクトルの定量的な比較を可能にし た。これによって,測定プローブによるダメージ等の問題が大きい有機薄膜に対して,非破壊的かつ定量的な表 面分子配向の決定が行えるようになった。
今年度は,分子末端にピロール環を有するアルカンチオールの自己組織化単分子膜(S A Ms)や,高分子(poly(1,10- phenanthroline-3,8-diyl)),オリゴマー(tetratetracontane)について,ARUPSのスペクトル強度計算による研究成果 を得た。特にピロリル S A Ms では,分子動力学計算(アニーリングシミュレート)によって予測された表面構造
(ピロールの face-stacked 配列と herringbone 配列)に対して光電子強度の角度分布計算を行い,本測定手法が官能 基を有する S A Ms においても有効であることを示した。
b)水素化フラーレンからの水素脱離が C s等のアルカリ金属の共存によって促進される現象は,有機水素吸蔵材料を 探索する上で興味深い。その脱離機構を明らかにするために,脱離反応の遷移状態計算や,高分解能電子エネル ギー損失分光法(HREELS)を用いた研究計画を進めている。
c) 昨年に引き続いて,液体エタンによる急速凍結を用いた生体関連分子の非晶質氷包埋と,これを冷却したまま超 高真空の測定チャンバー内に移送する機能を有する試料調製チャンバーの製作を行っている。
B -1) 学術論文
D. YOSHIMURA, H. Ishii, Y. OUCHI, E. ITO, T. MIYAMAE, S. HASEGAWA, K. K. OKUDAIRA, N. UENO, and K. SEKI, “Angle resolved ultraviolet photoelectron spectroscopy (ARUPS) of well-ordered ultra-thin films of tetratetracontane (n-C44H99) on Cu(100) with the aid of theoretical simulation: molecular orientation and intramolecular energy-band dispersion,” Phys. Rev. B 60, 9046-9060 (1999).
T. MIYAMAE, N. UENO, S. HASEGAWA, Y. SAITO, T. YAMAMOTO and K. SEKI, “Electronic structure of poly(1,10- phenanthroline-3,8-diyl) and its K-doped state studied by photoelectron spectroscopy,” J. Chem. Phys. 110, 2552-2557 (1999). K. K. OKUDAIRA, S. HASEGAWA, H. ISHII, K. SEKI, Y. HARADA and N. UENO, “Structure of copper- and H2- phthalocyanine thin films on MoS2 studied by angle-resolved ultraviolet photoelectron spectroscopy and low energy electron diffraction,” J. Appl. Phys. 85, 6453-6461 (1999).
126 研究系及び研究施設の現状 C ) 研究活動の課題と展望
角度分解光電子スペクトルの強度計算は,ARUPSによる表面構造解析を行う上で不可欠なツールである。現在, 共同研究者のみに配布しているプログラムをより高度化して,一般の研究者への公開をめざす。具体的には,現 在の single-scattering 近似による計算から一歩前進し,光電子の多重散乱(2回散乱以上)をプログラムに取り込 む。また,始状態の二重ゼータ基底関数への対応,計算対象元素の拡充,原子因子パラメーター(phase shift と radial matrix)の最適化,使いやすいユーザーインターフェイスの改良等を行いたい。
水素化フラーレンからの水素の脱離機構は,次世代の有機水素吸蔵材料を考える上で重要である。質量分析器を 備えた昇温脱離測定装置を立ち上げ,炭化水素ラダーポリマー等を用いた新しい水素吸蔵物質の探索を進める。 生体関連分子の電子状態を光電子スペクトルによって直接測定する研究は,多くの測定上の困難さのために,こ れまでほとんど行われていない。それらの問題に対処した新しい試料調製技術の確立は,生体関連分子の光電子 スペクトル測定のみならず,一般的な超高真空チャンバーで行う様々なスペクトルスコピーにも有用であろう。